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01.09
Thu



新年あけましておめでとうございます。
今年もTEDで覗く世界をよろしくお願いいたします。



さて、新年一発目のスピーカーは以前に取り上げたエリック・ブリニョルフソンと共著で『機械との競争』を出版しているアンドリュー・マカフィー。

ブリニョルフソンと同様、マカフィーも技術革新により我々の生活が豊かになる一方で、ロボットにより仕事が奪われ失業する時代に突入しつつあると警報を鳴らす。

マカフィーは技術革新が特に中間層の下位の仕事を奪い、彼らの生活の質が低下していると指摘し(そしてそれは、今やナレッジ・ワーカーのような中間層の上位にまで及んでいると感じられる)、NEW MACHINE AGEの到来に備え、以下のような準備が必要だと述べている。

まず短期的には、起業を促進することで雇用を創出し、教育システムによって適切なスキルを持った人材を育成することが必要だと説く。

ここで言う『適切なスキル』とは、もちろん優秀な事務員になるためのスキルなどではなく、コンピュータと共生できるスキルを指している。
例えばそれは、創造性や芸術性、イノベーションなどの当分はコンピュータによって代替されないと考えられるスキルだろう。センスと言ったほうが適切かもしれない。

さらに長期的にはGuaranteed Minimum Incomeのような所得保障制度に政府が介入することも必要だという。
所得保障制度の良し悪しについてここでは議論しないし、僕にはその見識も能力もないが、技術革新が指数関数的に進歩する中で、将来の予測はますます困難になってきていることは確かだ。
こういった状況の中では所得補償制度のようなある種のセーフティネットが好むと好まざるとに関わらず必要になってくることだろう。


優秀な事務員になるためのスキルだけを叩き込まれて大人になった僕たちが「センス」を磨くためには荒療治が必要なのかもしれない。
デザイン、芸術、歴史、物語についての基礎を学びながら、感性を刺激する物や生活スタイルの違う人に出会う場所に積極的に自分を置かなければならない。
数値、測定、論理、性能などから意識的に距離をとらなければならない。


最初は落ち着かないかもしれないが、「センス」を磨くことは必ずあなたのプラスになる。NEW MACHINE AGEは避けては通れないのだから。
新しい年に、新しい生き方を模索しよう。まずはこの週末に美術館にでも。


気まぐれ美術館 (新潮文庫)気まぐれ美術館 (新潮文庫)
(1996/09)
洲之内 徹

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12.02
Mon



瀧本哲史は著書『武器としての交渉思考』の中で、交渉には夢やビジョンといった「ロマン」と時間や金銭という「ソロバン」という2つの側面があるといった。
そして交渉にロマンという側面がある限り、いくらITが発達しても交渉がITに代替されることはないだろうと。
ロマンとソロバン両方の側面から複数の「人間」が話し合い、合意を結ぶ事によって「現実を動かしていく」、それが交渉であるという。

同じように、ダニエル・ピンクはアートこそがITによっても代替できない分野だと主張していた。僕も確かにそうだと思った。機械が生み出した「アート」なぞ芸術ではないと。そんなものに人間の心を揺さぶる力があるわけがないと思っていた。

でも、現実は想像を上回りそうだ。たしかにITの生み出すアートは人間の心には届かないかもしれないが、ITに気に入られたアートだけが消費者の目に触れるチャンスを得られる世界になりつつある。



今回のスピーカーであるケヴィン・スラヴィンが紹介する事例では、映画のストーリーにアルゴリズムが価値を付けている。
映画の脚本をあるアルゴリズムにかけると、この映画には3千万ドルの価値があるだとか、あの映画は2億ドルの価値があるだとかというように判断するというのだ。

アルゴリズムに脚本の価値なんてわかるはずがないと思うかもしれないが、事の本質はアルゴリズムの目利きとしての信頼性ではない。
スラヴィンの言葉を借りれば、アルゴリズムは世界から何かを引き出していたものであったはずなのに、いつしかアルゴリズムが世界を形づくり始めているということだ。

アルゴリズムに数万ドルの価値しかないと判断された脚本が映画化される可能性は、おそらく想像以上に低いだろう。
いつしか僕たちはアルゴリズムに気に入られた映画の中から、週末観に行く映画を決めることになる。


さらにスラヴィンは、アルゴリズムが世界を形づくり始めている例として、Amazon出品者のアルゴリズムによってあり得ないほどの高値が付けられた本の例を挙げている。
(この原稿を書いている2013年12月時点でも、Amazonには2千万円弱の値段がついているラブラドール・レトリバーのカレンダーなんてものもある。しかもこれは2008年のカレンダーだ。でもこれを実際に確かめるのはちょっと注意してほしい。Amazonには1-Click注文なんて物騒な機能があるので、興味本位でAmazonでそういった高額商品を検索すると痛い目をみるかもしれない)

幸い、Amazonで中古品にあり得ない高値をつけるアルゴリズムの暴走は、「現実を動かす」ことはなかった。
大量生産された数年前のカレンダーを求める買い手はいなかったからだ。そこにロマンが存在しなかったからだ。


でも、株式市場ではちょっと話が違ってくる。

本来株式市場は、株式会社の成り立ちが17世紀に東南アジアとの香辛料貿易で栄えたオランダ東インド会社にあるように、ロマンとソロバンが共存する場であった。

しかし、市場が発達し流動性が高まるにつれ、ロマンは消え失せソロバンが支配する場となり、アルゴリズム・トレーディングは出現した。現在、米国株式市場の70%がアルゴリズムによってトレーディングされているのだという。
アルゴリズム同士はマウスクリックの10万分の1のスピードで勝負している。到底人間の敵う相手ではない。
(そして、この勝負を制するための方法が、インターネットへの入り口であるコロケーションセンターのなるべく近くにサーバを置くという原始的な解決策である。物理法則の何と偉大なことか!)


取引は交渉の結果だ。交渉が人間ではなくアルゴリズムによって行われた結果、2010年5月6日、株式市場全体の9%が5分で消えてなくなった。このフラッシュ・クラッシュの原因について、未だ何が起こったのかはわかっていない。
ロマンなき交渉はとんでもない方向に「現実を動かして」しまった。

アルゴリズムは取引はできるが、まだ交渉は出来ないようだ。でも、それも時間の問題なのかもしれない。
クリストファー・スタイナーは『アルゴリズムが世界を支配する』といった。
そしてスラヴィンは『アルゴリズムが世界を形づくる』といった。

アルゴリズムが作った世界で、人間に残されるものはますます純化されていくように思える。それはロマンだったり、コロケーション・センターからの距離だったり。
アルゴリズムは否応なしに人間をそこへ向かわせる。



武器としての交渉思考 (星海社新書)武器としての交渉思考 (星海社新書)
(2012/06/26)
瀧本 哲史

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09.04
Wed



かつて、アルビン・トフラーは『第三の波』の中で情報化社会の到来を高らかに謳った。30年以上前のことである。

そして現在、僕たちの生活はコンピュータやロボット無しには一日たりとも成立し得ないほどに情報化され、生産性はかつてないほどに高まった。
それなのに、この閉塞感はどういうことだろう。先進国での経済成長は鈍化し、失業率は急速に高まっている。
こういった状況から「イノベーションは終焉し、経済成長は終わった」と告げる人たちまで出始めている。
そしてそれに感覚的に同意してしまいそうになる僕がいるのも事実だ。


スピーカーのエリック・ブリニョルフソンは、第二次産業革命においても、その後30年間は工場の生産性がみられなかったことを引き合いに、今般の経済成長の鈍化もイノベーションの終焉ではなく、成長のための痛みだと言い切る。
彼が「New Machine Age」と呼ぶ時代へ、社会が移行するための成長痛であると。

ブリニョルフソンはその理由として、New Machine Ageのもつ、Digital(デジタル)、Exponential(指数関数的)、Combinatorial(組み合わせ的)という3つの特徴を挙げている。

デジタルな世界では、コストをほぼゼロに保ったまま、全く同じものをコピーすることが出来る。また、コンピュータの世界ではムーアの法則に代表されるように、技術が指数関数的に進歩する。さらに、あるイノベーションは他のイノベーションと組み合わせることにより、新たなイノベーションを引き起こす。前回の記事の3Dプリンタなどはまさにその典型だろう。

確かにこれらの特徴は、経済成長の終焉を否定するに足るものかもしれない。しかし、失業率の方はどうだろう?
今や弁護士や会計士といったナレッジ・ワーカーでさえ、機械によって仕事を奪われ始めている。

ブリニョルフソンはこの問題については具体的な解決策は示せずにいるが、一つの事例を挙げ光明を見いだしている。

1997年、IBMが開発したディープ・ブルーにチェスの世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフが敗北したその日から、機械との「競争」は負け戦を表すようになった。
カスパロフ自身が、人間とコンピュータのペア同士が対局するアドバンスド・チェスを考案したように、僕たちは機械と競争するのではなく、お互いに得意な分野を分担し、「共走」する道を模索しなければならない。

技術が指数関数的に進歩する以上、それは言葉で言うほど簡単なものではないだろう。共走のためには人間が使いこなせないものではいけないからだ。
しかしまた指数関数的であるからこそ、機械から人間への歩み寄りも見られる。グーグル・グラスのようなユーザビリティを大きく向上させることを目的としたインターフェースなどがその一例だ。この大きな歩み寄りを前にして、彼らと争う理由はないだろう。


機械との競争機械との競争
(2013/02/07)
エリク・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー 他

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08.25
Sun


システムキッチンと冷蔵庫の隙間、そこにピッタリ収まるようにゴミ箱を置きたい。腰をかがめ、隙間の幅を測る。もちろん高さも抜かりなく。
ホームセンターへ着くと一目散にゴミ箱売り場へ。しかし、測って来たサイズと一致するゴミ箱は売っていない。しかたなく、数cm幅の狭いものを買い、自分にこう言い聞かせる。
「うん。悪くない。見ようによってはピッタリに見えなくもない。」


先日、渋谷にあるしぶや図工室で開催されたワークショップで3Dプリンタを体験して来た。

Webから3D彫刻用のフリーソフトウェアをダウンロードし、そこへ3Dスキャナで読み取ったカブトムシのデータを取り込む。そうして、参加者はカブトムシの角を引っ張ったり、尻尾を生やしてみたりして思い思いのカブトムシを形作っていく。
加工されたカブトムシデータは、3Dプリンタで出力される。素材はアクリル樹脂だ。


TEDを運営するクリス・アンダーソンと同性同名の別人、Wired誌編集長のほうのクリス・アンダーソンは「フリー」「ロングテール」の次のパラダイムシフトは「メイカームーブメント」だと言った。そしてその主役となるのが3Dプリンタというわけだ。
確かにそうだろう。フリーとロングテールを突き進めた一つの結果として3Dプリンタが浮き上がってくる。

消費者というより「メイカーズ」となった僕たちは、フリーの彫刻用ソフトウェアをダウンロードし、または企業のHP内でデータを加工し、プリントアウトする。ロングテールは究極まで推し進められ、店舗どころか倉庫にも在庫は存在しない。工場は巨大なプリントアウトファクトリーになる。

こういった流れはすでに始まっている(例えばDMM.comデジモデを見よ)。
米国国家情報会議のレポートでは2030年までには、3Dプリントされた臓器すら実現している可能性があるとしている。


スピーカーのリサ・ハルーニはスピーチの中で、3Dプリンタで作られた靴、指輪、携帯カバー、脊椎のインプラントなど様々なものを紹介し、その将来性を魅力たっぷりに語る。この他にも、例えばお気に入りのTシャツを七分袖にしたり、サイズもS・M・Lから選ぶのではなく自分にピッタリのものにすることも可能だろう(データ上でピッタリのサイズが作れるか不安になる必要はない。自分のスキャニングデータを取り込めば、それに合わせてコンピュータが自動で作成してくれる)。


また、3Dプリンタはこれまで技術的に困難だった非常に精密なデザインすら簡単に実体化してしまう。くり抜きや切断などで発生する廃材もないし、そもそも輸送はデータで行われるのだからCO2削減にも期待が持てる(余談だが、こんな時代にTPPで関税を無くすとか無くさないとか話し合う事にそんなに意味があるのだろうかね)。
こう考えると、なんだかバラ色の未来が待ち受けているようだ。

しかし、3Dプリンタも道具である事に変わりはない。これまでの新技術と同様に、それを使用する人間のモラルに大きく依存するという危険性を孕んでいる。3Dプリンタで作られたライフルの実弾射撃映像がYou Tubeにアップされたことは記憶に新しい。
物理的な危害以外にも、二次創作的なデータ加工には著作権の問題がつきまとうし、未成年にふさわしくないデータがアップロードされることもあるだろう。

どんな道具も使い方次第で凶器となり得る。それは確かにそうであろう。しかしそれを自己責任だと吐き捨てれば、萌芽したばかりのサービスはあっけなく潰れてしまうかもしれない。

インターネットなど存在しなかったバブル時代、YahooやBIGLOBEといった現在のポータルサイトのような、当時としては画期的なサービスを構想していた技術があった。ダイヤルQ2だ。さまざまなコンテンツを提供し「第3のメディアを作る」と謳われてスタートしたQ2であったが、ほどなく成人向け情報提供者に食い物にされ、社会問題にまで発展した。過熱した世論によってビジネスが成り立たないほど厳しい規制が課され、サービスは終了した。

3DプリンタがQ2と同じ道筋を辿ると言っているのではない。過熱した世論とその反動は、時に画期的なサービスを潰してしまうことがあるということだ。
3Dプリンタが僕たちの生活に与える影響の強度、範囲がQ2の比ではない以上、どのような抵抗が起こるかを全て想像することは不可能だろう。
それでもこの画期的な道具を野放図に使用するだけでは、その恩恵に授かれる日は遠のいてしまうに違いない。


MAKERS―21世紀の産業革命が始まるMAKERS―21世紀の産業革命が始まる
(2012/10/23)
クリス・アンダーソン

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