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03.20
Thu



朝8時1分、いつもの駅で電車を待つ。駅員の騒がしいアナウンスに導かれるように電車がホームへ滑り込む。

僕の前に4、5人。後ろにもおそらく4,5人。降りる人はいない。

車内はすでに人でいっぱいだ。わずかなスペースに靴を割り込ませる。と同時に後ろから激しく押される。
息を止め、なんとか乗車する。鞄がぐにゃりと曲がっている。
密閉された地下のホームに、発車のサイレンが鳴り響く。加速度で身体が傾き、あり得ない体勢で止まる。乗り換えまでは14分。

乗り換えの駅。電車の色が変わる。状況は変わらない。到着まではさらに15分。
通勤鞄は何年も変えていない。新しい鞄が醜く変形するかと思うと購買意欲も萎える。



今回のスピーカーは37シグナルズのファウンダー、ジェイソン・フリード。
2010年のこのスピーチでフリードは、マネージャーとミーティング(M&M's)がクリエイティブな仕事の邪魔をしていると指摘し、次の3つの提案をしている。

① 従業員に邪魔されることのない時間を提供すること
② メールなどの受動的なコミュニケーションを奨励すること
③ ミーティングをキャンセルすること


それから4年後の2014年、彼は新しい本を出版した。

その名も、『強いチームはオフィスを捨てる』。

彼は気づいたのだ。2010年の3つの提案はぬるすぎたと。こんな対処療法的なやり方では結局何も変わらないと。
そして、ITが十分に発達した今こそ、オフィスを捨てる時なのだと。


フリードは2010年のこのスピーチのずっと前から、会う人会う人に次の質問を投げかけていた。

「集中したいときに、あなたはどこで仕事をしますか?」

オフィスと答えた人はあまりに少なかった。いたとしても「休日の」オフィス、「早朝の」オフィスとカッコつきのオフィスだった。


オフィスの語源は、opus(仕事)+fice(する)と言われていて、つまり仕事をするところという意味らしい。
だけどオフィスは、クリエイティブな、集中してすべき仕事をする場所としての候補には挙げられなかった。
プリンターや高速無線LAN、仕事を完結させるのに十分な設備が備わっているにも関わらず、それらが無い自宅やカフェが選ばれた。

フリードはその原因をM&M'sにあるとみている。
オフィスをクリエイティブな仕事に適した場所にするための提案が上に挙げた3つだった。

でも、2010年の彼の提案にも関わらずオフィスからM&M'sによる邪魔がなくなることはなかった。


新しく出版した本の中で彼はリモートワーク、つまりオフィス以外で仕事をすることを奨励している。
リモートワークであれば、M&M'sの邪魔を最小限に抑えられるというのだ。

彼はこの本の中でリモートワークへの誤解や批判に対し、時には直球で、時には変化球で答えていく。

例えば、上司が見張っていないと部下は仕事をさぼるのではないかという批判にはこうだ。

『シンプルに考えよう。あなたが上司なら、信頼できない部下を雇わないほうがいい。あなたが部下なら、信頼してくれない上司のもとで働かないほうがいい。……
……もっと部下のことを信頼しよう。それが無理なら、別の人間を部下にしたほうがいい。』

僕ならダニエル・ピンクのこのスピーチを見よと言うだろう。


この他にもセキュリティや顧客対応、企業文化などリモートワークで失われると誤解されている諸々について、時には新たな視点で、時には具体的な対策を挙げ答えていく。
これらは彼のチームが実際に乗り越えてきた問題であり、本書にはそういった問題を乗り越える際に役に立つツールボックスも付録されている。

さらには、リモートワークの導入方法、リモートワークを導入した際の落とし穴(例えば、社員の運動不足など)、そして、人材採用や評価方法にまで言及されている。


さて、ツールは揃った。指南書もある。満員電車はもううんざりだろう?実は欲しい鞄があるんだ。

あなたのチームはそれでもオフィスが必要だろうか?





強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」
(2014/01/24)
ジェイソン・フリード、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン 他

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01.09
Thu



新年あけましておめでとうございます。
今年もTEDで覗く世界をよろしくお願いいたします。



さて、新年一発目のスピーカーは以前に取り上げたエリック・ブリニョルフソンと共著で『機械との競争』を出版しているアンドリュー・マカフィー。

ブリニョルフソンと同様、マカフィーも技術革新により我々の生活が豊かになる一方で、ロボットにより仕事が奪われ失業する時代に突入しつつあると警報を鳴らす。

マカフィーは技術革新が特に中間層の下位の仕事を奪い、彼らの生活の質が低下していると指摘し(そしてそれは、今やナレッジ・ワーカーのような中間層の上位にまで及んでいると感じられる)、NEW MACHINE AGEの到来に備え、以下のような準備が必要だと述べている。

まず短期的には、起業を促進することで雇用を創出し、教育システムによって適切なスキルを持った人材を育成することが必要だと説く。

ここで言う『適切なスキル』とは、もちろん優秀な事務員になるためのスキルなどではなく、コンピュータと共生できるスキルを指している。
例えばそれは、創造性や芸術性、イノベーションなどの当分はコンピュータによって代替されないと考えられるスキルだろう。センスと言ったほうが適切かもしれない。

さらに長期的にはGuaranteed Minimum Incomeのような所得保障制度に政府が介入することも必要だという。
所得保障制度の良し悪しについてここでは議論しないし、僕にはその見識も能力もないが、技術革新が指数関数的に進歩する中で、将来の予測はますます困難になってきていることは確かだ。
こういった状況の中では所得補償制度のようなある種のセーフティネットが好むと好まざるとに関わらず必要になってくることだろう。


優秀な事務員になるためのスキルだけを叩き込まれて大人になった僕たちが「センス」を磨くためには荒療治が必要なのかもしれない。
デザイン、芸術、歴史、物語についての基礎を学びながら、感性を刺激する物や生活スタイルの違う人に出会う場所に積極的に自分を置かなければならない。
数値、測定、論理、性能などから意識的に距離をとらなければならない。


最初は落ち着かないかもしれないが、「センス」を磨くことは必ずあなたのプラスになる。NEW MACHINE AGEは避けては通れないのだから。
新しい年に、新しい生き方を模索しよう。まずはこの週末に美術館にでも。


気まぐれ美術館 (新潮文庫)気まぐれ美術館 (新潮文庫)
(1996/09)
洲之内 徹

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12.02
Mon



瀧本哲史は著書『武器としての交渉思考』の中で、交渉には夢やビジョンといった「ロマン」と時間や金銭という「ソロバン」という2つの側面があるといった。
そして交渉にロマンという側面がある限り、いくらITが発達しても交渉がITに代替されることはないだろうと。
ロマンとソロバン両方の側面から複数の「人間」が話し合い、合意を結ぶ事によって「現実を動かしていく」、それが交渉であるという。

同じように、ダニエル・ピンクはアートこそがITによっても代替できない分野だと主張していた。僕も確かにそうだと思った。機械が生み出した「アート」なぞ芸術ではないと。そんなものに人間の心を揺さぶる力があるわけがないと思っていた。

でも、現実は想像を上回りそうだ。たしかにITの生み出すアートは人間の心には届かないかもしれないが、ITに気に入られたアートだけが消費者の目に触れるチャンスを得られる世界になりつつある。



今回のスピーカーであるケヴィン・スラヴィンが紹介する事例では、映画のストーリーにアルゴリズムが価値を付けている。
映画の脚本をあるアルゴリズムにかけると、この映画には3千万ドルの価値があるだとか、あの映画は2億ドルの価値があるだとかというように判断するというのだ。

アルゴリズムに脚本の価値なんてわかるはずがないと思うかもしれないが、事の本質はアルゴリズムの目利きとしての信頼性ではない。
スラヴィンの言葉を借りれば、アルゴリズムは世界から何かを引き出していたものであったはずなのに、いつしかアルゴリズムが世界を形づくり始めているということだ。

アルゴリズムに数万ドルの価値しかないと判断された脚本が映画化される可能性は、おそらく想像以上に低いだろう。
いつしか僕たちはアルゴリズムに気に入られた映画の中から、週末観に行く映画を決めることになる。


さらにスラヴィンは、アルゴリズムが世界を形づくり始めている例として、Amazon出品者のアルゴリズムによってあり得ないほどの高値が付けられた本の例を挙げている。
(この原稿を書いている2013年12月時点でも、Amazonには2千万円弱の値段がついているラブラドール・レトリバーのカレンダーなんてものもある。しかもこれは2008年のカレンダーだ。でもこれを実際に確かめるのはちょっと注意してほしい。Amazonには1-Click注文なんて物騒な機能があるので、興味本位でAmazonでそういった高額商品を検索すると痛い目をみるかもしれない)

幸い、Amazonで中古品にあり得ない高値をつけるアルゴリズムの暴走は、「現実を動かす」ことはなかった。
大量生産された数年前のカレンダーを求める買い手はいなかったからだ。そこにロマンが存在しなかったからだ。


でも、株式市場ではちょっと話が違ってくる。

本来株式市場は、株式会社の成り立ちが17世紀に東南アジアとの香辛料貿易で栄えたオランダ東インド会社にあるように、ロマンとソロバンが共存する場であった。

しかし、市場が発達し流動性が高まるにつれ、ロマンは消え失せソロバンが支配する場となり、アルゴリズム・トレーディングは出現した。現在、米国株式市場の70%がアルゴリズムによってトレーディングされているのだという。
アルゴリズム同士はマウスクリックの10万分の1のスピードで勝負している。到底人間の敵う相手ではない。
(そして、この勝負を制するための方法が、インターネットへの入り口であるコロケーションセンターのなるべく近くにサーバを置くという原始的な解決策である。物理法則の何と偉大なことか!)


取引は交渉の結果だ。交渉が人間ではなくアルゴリズムによって行われた結果、2010年5月6日、株式市場全体の9%が5分で消えてなくなった。このフラッシュ・クラッシュの原因について、未だ何が起こったのかはわかっていない。
ロマンなき交渉はとんでもない方向に「現実を動かして」しまった。

アルゴリズムは取引はできるが、まだ交渉は出来ないようだ。でも、それも時間の問題なのかもしれない。
クリストファー・スタイナーは『アルゴリズムが世界を支配する』といった。
そしてスラヴィンは『アルゴリズムが世界を形づくる』といった。

アルゴリズムが作った世界で、人間に残されるものはますます純化されていくように思える。それはロマンだったり、コロケーション・センターからの距離だったり。
アルゴリズムは否応なしに人間をそこへ向かわせる。



武器としての交渉思考 (星海社新書)武器としての交渉思考 (星海社新書)
(2012/06/26)
瀧本 哲史

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09.15
Sun



新しいiPhone発表の記事は、僕を驚かせたあと、失望にも似た言いようのない気持ちにさせてくれた。iPhone 5sと共にiPhone 5cなるものがそこにあったからだ。プラスティック製と伝えられるiPhone 5cは豊富なカラーバリエーションと専用カバーケースとの数十通りもの組み合わせが売りだという。
しかし、プラスティックの鈍い光沢は明らかに"c"heapに感じられたし、専用と謳われるカバーケースは本体背面の"iPhone"の文字を中途半端に隠す、到底専用とは思えないような造形だ。

記事は、iPhone 5cは廉価版iPhoneであり、シェア拡大のための新興国向けモデルだという。
ちょっと待ってくれ。何だって?シェア拡大?!

ロイターによれば、新型iPhone発表後、株価は5%も下落したという。「投資家は、価格が新たな市場を取り込めるほど十分低水準でなかったことに失望している」そうだ。

でも、本当にそうだろうか?
僕を言いようのない気持ちにさせた何かは、もっと深い、根源的ところにあるんじゃないか?

1984年、Appleはリドリー・スコットを監督に起用し、伝説的なCMを制作している。CMではジョージ・オーウェルの『1984』をモチーフにした世界が描かれ、巨大なスクリーンに投影されている独裁者に一人の女性がハンマーを投げつけ、独裁者の支配に終止符を打つ。この独裁者は当時支配的地位にあったIBMを表しているといわれている。

AppleのこのCMが、全体主義へのアンチテーゼであることに異論はないだろう。でなければ、わざわざ『1984』を引き合いにだす必要もない。


今回紹介するスピーチはTEDの中でも人気の高いサイモン・シネックのスピーチだ。
スピーチの中でシネックは、マーチン・ルーサー・キングやライト兄弟とともにAppleを取り上げ、彼らが人の心を動かす方法に一つの規則性を発見し、これをゴールデン・サークルと名付けた。
その肝要とは、「人は『what』ではなく『why』に動かされる」ということだ。
シネックはスピーチの中で何度もこの言葉を繰り返す。
そして、自分が提供する物を必要とする人とビジネスをするのではなく、自分が信じることを信じてくれる人とビジネスすることを目標とせよと提言する。

シネックは、ジェフリー・ムーアのいう『キャズム』を超え、いわゆるアーリー・マジョリティーへ製品・サービスを届けるためには、イノベーターやアーリー・アダプターの存在が必要不可欠だという。そして、イノベーターやアーリー・アダプターを動かす鍵が『why』だと説く。『why』から始めることにより、彼らを行動に促すことができるという。

さて、今回のiPhone 5cに『why』はあるか。シェアの拡大は『why』になり得るだろうか。

驚かれるかもしれないが、Appleには明確なミッション・ステートメントは存在しない。にも関わらず、Appleが常に革新的であり続けられたのは、Appleの製品・サービス自体がその革新性を体現し、市場や社員に伝えてきたからである。

初代iMacの衝撃を覚えている人も多いだろう。カラフルなスケルトン・ボディーは一世を風靡し、Appleに限らず、身の回りの製品が次々とスケルトン・ボディーを採用していった。
そして、同時期にAppleで使われていたキャッチ・コピーが『Think different』である。Appleの姿勢を見事に表し、現在もAppleユーザーの心に留まり続ける秀逸なスローガンである。

シェアの拡大と『different』の両立には難しい舵取りが要求されるだろう。しかし、たとえ難しくあろうともそれが『how』や『what』によって行われる理由にはなり得ない。
シネックがあれほど繰り返した言葉を僕らはたやすく忘れてしまう。

" People don't buy what you do; they buy why you do it. "



WHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違うWHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違う
(2012/01/25)
サイモン・シネック

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09.04
Wed



かつて、アルビン・トフラーは『第三の波』の中で情報化社会の到来を高らかに謳った。30年以上前のことである。

そして現在、僕たちの生活はコンピュータやロボット無しには一日たりとも成立し得ないほどに情報化され、生産性はかつてないほどに高まった。
それなのに、この閉塞感はどういうことだろう。先進国での経済成長は鈍化し、失業率は急速に高まっている。
こういった状況から「イノベーションは終焉し、経済成長は終わった」と告げる人たちまで出始めている。
そしてそれに感覚的に同意してしまいそうになる僕がいるのも事実だ。


スピーカーのエリック・ブリニョルフソンは、第二次産業革命においても、その後30年間は工場の生産性がみられなかったことを引き合いに、今般の経済成長の鈍化もイノベーションの終焉ではなく、成長のための痛みだと言い切る。
彼が「New Machine Age」と呼ぶ時代へ、社会が移行するための成長痛であると。

ブリニョルフソンはその理由として、New Machine Ageのもつ、Digital(デジタル)、Exponential(指数関数的)、Combinatorial(組み合わせ的)という3つの特徴を挙げている。

デジタルな世界では、コストをほぼゼロに保ったまま、全く同じものをコピーすることが出来る。また、コンピュータの世界ではムーアの法則に代表されるように、技術が指数関数的に進歩する。さらに、あるイノベーションは他のイノベーションと組み合わせることにより、新たなイノベーションを引き起こす。前回の記事の3Dプリンタなどはまさにその典型だろう。

確かにこれらの特徴は、経済成長の終焉を否定するに足るものかもしれない。しかし、失業率の方はどうだろう?
今や弁護士や会計士といったナレッジ・ワーカーでさえ、機械によって仕事を奪われ始めている。

ブリニョルフソンはこの問題については具体的な解決策は示せずにいるが、一つの事例を挙げ光明を見いだしている。

1997年、IBMが開発したディープ・ブルーにチェスの世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフが敗北したその日から、機械との「競争」は負け戦を表すようになった。
カスパロフ自身が、人間とコンピュータのペア同士が対局するアドバンスド・チェスを考案したように、僕たちは機械と競争するのではなく、お互いに得意な分野を分担し、「共走」する道を模索しなければならない。

技術が指数関数的に進歩する以上、それは言葉で言うほど簡単なものではないだろう。共走のためには人間が使いこなせないものではいけないからだ。
しかしまた指数関数的であるからこそ、機械から人間への歩み寄りも見られる。グーグル・グラスのようなユーザビリティを大きく向上させることを目的としたインターフェースなどがその一例だ。この大きな歩み寄りを前にして、彼らと争う理由はないだろう。


機械との競争機械との競争
(2013/02/07)
エリク・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー 他

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